Back    Next    


    ***

崩れた石壁の直ぐ反対側まで歩み寄ってきた人の気配を感じて、ロイは息を詰めた。

「……こんなところまで来るわけねえかな」

ヒューズの声だった。すぐ近くで聞こえる。
砂を踏んで、歩き回っているようだ。
目を閉じて、こちらに気付いてくれるなと願いながら、眉を寄せて、息も漏れないようにと口唇を更にきつく噛み締めた。
上から面白そうに眺めていたキンブリーはロイの顎を捕らえて上向かせ、耳元に口唇を寄せて囁く。




「…我慢しなくていいんですよ。貴方だって…本当はあの人に見られたいんでしょう?」
「な…!」
「私は全然構いませんよ、ほら」
「―――っ…!」

キンブリーは体重を掛けて、抱え上げていた足を胸元まで折り曲げて深くロイの内に侵入しながら、
「…私も、ちょっと興味があるんですよねぇ。挑発しても、全然乗ってきてくれないですから…あの人。貴方が知りたいように…自分の事だけで一杯一杯のこの場所で…どこまで…何を犠牲にできるのか…」



    
***

視界にはまだ映っていない。けれど直ぐ近くに居ると感じられるヒューズの方を向いたまま、ロイは動きを止めた。
崩れた壁を凝視つめたままで、キンブリーが耳元で囁いた言葉を反芻する。

マース・ヒューズと出会ったのは士官学校に入学した時だ。
士官学校での数年間は、気を抜けば怪我を負いかねない厳しい訓練や、何度も行われる模擬試験、時間と規則に縛り付けられた学生生活を、当時は苦しく、辛い事だと感じていた。
だが振り返ってみると、その数年間はロイの人生の中で、一番大切な思い出になっている。
それが大切な思い出になっているのは、傍らにヒューズがいたからだ。
それまで、他人とはうわべだけの付き合いをしていたロイが、初めて胸の内を曝け出し、心情を読ませない為に作っていた壁を壊して、飾らない自分自身を相手にぶつける事が出来た。そして、それを受け入れてもらえた相手だった。

軍属になり、軍の狗として働くという事がどういう事なのかを知り、戦場に駆り出され兵器として使役される内、その過酷さに、士官学校時代に掲げた理想や、親友であったヒューズの事すら、思い出している余裕が無くなっていた。

長く離れて――離れてすら気付かなかった事。
この場所で再び会う事が出来て気付いた。

ロイにとって、・ヒューズの存在がどれだけ重く、大切なものだったのか。
それを思い出した。

だが離れている間に変わった事は沢山ある。
知らなかった事も。
今も大切な存在が誰なのかと問われると、ロイの脳裏に浮かぶのはヒューズだ。
けれど。
ヒューズにとっては――。

「貴方が知りたいように…自分の事だけで一杯一杯のこの場所で…どこまで…何を犠牲にできるのか」
キンブリーの言葉が頭の中に響く。

ヒューズにとって、今も自分は――…。





    ***

壁の崩れる音。ヒューズはその方向を凝視つめた。
崩れかけた建物の跡。
誰も居るはずの無いと思っていた場所だった。
「――……」
ヒューズはひと呼吸おいてから、胸元に忍ばせているものに手を伸ばした。




突き上げられて、息を詰める。

キンブリーの行動や思考回路は、ロイには理解出来ない事が多かった。
冷酷無情に力を振るう姿は、心底冷たく、情の欠片すら持たないのだろうと想像させた。
自暴自棄になった時キンブリーの腕に縋ったのは、その冷たさを求めたからかも知れない。
けれど、その腕はロイを抱く時、決して冷たくは無かった。
互いに思い合っている者同士というわけではない。利用するかわりにただ、ロイも利用されるだけだと思っていた。それも覚悟していたのだ。
だが、キンブリーはロイをただの捌け口のように扱ったりはしなかった。
ゆっくりと開かれた体を余すところなく視られて、揉まれ、吸われた。
激しく求められているように抱かれたのだ。
戸惑うくらいに。

けれど、今受けている行為は今までのそれとは全く違っていた。
「……っ……う…」
強引に開かれて暴かれた場所に、高ぶりを捻じ込まれて、ただ乱暴にかき回される。
それをロイの体が受け入れて、慣れる前に無理矢理に引き抜かれた。
「――っ!」
思わず漏れそうになる悲鳴を噛む。
何度も、それを繰り返される。
目を閉じて、きつく口唇を噛み締めた。今声を上げるわけにはいかなかった。
その場所だけを晒された状態で、胸につく程に両脚を折り曲げられ、体重を上から掛けられ、呼吸をする事すら辛い。
痛みをやりすごす為に、ロイはキンブリーの動きにあわせて、息を吐いた。
あわせようとするタイミングをわざと外され、声が漏れそうになる。
うっすらと開いた目で、ロイは自分を組み敷いている男を見上げた。

口元を上げて酷薄な笑みを口元に浮かべたまま、残忍な光を宿した目で自分を見下ろしている。

ロイの視線に気付いたキンブリーが、もう一度耳元に口唇を寄せる。
「――すごく、いいですよ。耐える貴方というのも」
「……!」
「どちらでも構わないんで。私は」
「――っ!!」
キンブリーの動きが速まり、先刻よりも激しく奥を突かれながら、一瞬朦朧とした意識の中でロイはヒューズを呼んだ。

Back    Next
20060717

                      戦地で   #2 キンブリーの思惑 A (ヒューロイ前提キン→ロイ) R16