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      #1     その間にあるもの   


エドワード・エルリックは黒い革張りのソファーの上で、組んでいた足を何度も組み変えたり、時折咳払いをわざとらしくしてみたりしていたが、ついに堪えかねた様に声を上げた。
「おい!大佐、出来たぞ、報告書」
投げやりな声を上げて、エドワードは机の上に置いてあった白い報告書を掴んで、司令室の椅子に背もたれに深く掛けている、ロイ・マスタングの方へ差し出した。
「随分とまた時間がかかったな、鋼の。午後を過ぎて腹の具合も丁度よく、こうして、提出を命じられた報告書と睨みあってる間に、あやうく眠ってしまう所だったよ」
「遠慮せずに、寝てくれていいんだぜ、大佐。その方が俺も助かったのに」
「・・・・では、書きあがるまでに、気が遠のく程に時間のかかった報告書を持ってきたまえ」
ロイは執務机に上で両手を組んで、不敵な笑みを口元に浮かべながらエドワードに書類を持って、ここまで歩いてくるように指示えを出した。
「・・・ったく・・・こんなもの書かせなくても、どうせあんたの耳には全部入ってるんじゃないのか?」
エドワードはソファーから立ち上がって、怒りのこもったような派手な靴音を立ててロイの側に歩みよって、ずい、と目の前に報告書を突きつけた。
チラリと差し出された書類に目をやってから、ロイは目の前に立つエドワードを見上げた。
「・・・まあ、ここに書かれてる内容の事くらいは・・・・知っているな」
「!!」
エドワードは返ってきた言葉に頭に血がのぼる。
やはり今回も耳に入っていたのだ。わざわざ呼び寄せて報告書を提出させるのは、いつもの如くのイヤガラセの延長に違いない。
エドワードが賢者の石の情報を得るために、軍に属してから、行動の自由は与えられているものの、何かある度に細かい報告を求められていた。
最初、ロイの元へ自分の意志で訪れ、国家錬金術師の資格試験を受け、それに合格して軍の狗になった。
何も分からない軍という巨大な組織の中に一人、いきなり少佐という階級を授かる国家錬金術師になって、気の強いエドワードにも不安が全く無かったわけではない。
道を示してくれる相手は、自分を迎えに来てくれた、ロイしかいなかった。
29歳の、まだ軍では若輩といえる年齢にありながら、大佐という地位にあるロイ。
もちろん国家錬金術師の資格は所持していて、その力も、以前に行われたエドワードの査定の折、自分が進言して希望した事によって叶った直接対決で見せつけられて、よく知っている。

本当は、頼りたいと思っている。

賢者の石の情報にしても、手に入れる事に力を貸して欲しいと。

そんな風に心の奥で思っている事を、素直に言えないのは、エドワード自身の素直でない性分ゆえであるのが大きいが、目の前のロイ・マスタングにも責任があると思っていた。
素直になろうとする前に、いつもロイの方がエドワードの癇に障ることを口にするのだ。
自慢ではないが、自分も気が短い方である。売り言葉に買い言葉、すぐにキツイ一言を言い返してしまうのだ。
呼び出されて、こうして久しぶりに顔を合わす度に、そんな事が繰り返されて・・・なんとか関係を修復したいと考えていたが、最近で、それもあきらめかけていた。
あきらめないと、疲れるのだ。
思う通りにならない事が多いが、特にロイは自分の思う通りにはなってくれなかった。
よけいな事に、気をやっている時間はエドワードには無い。


エドワードは金色の瞳で、ロイを見つめた。
急に熱の冷えた目に、ロイは真面目な表情になって。
「・・なんだね?何か言いたい事があるなら、はっきり言いたまえ」
「・・・別に」
「そんな風に黙られると、気持ちが悪い」
ただの上司と部下として向き合えば、今より多冷静に付き合える筈だ。
思ったようなものが返ってこないからって・・・腹を立てなくて済む。
(どうせ、大佐にしてみれば、俺を怒らせたり、構ったりするのは、ただの暇つぶしに過ぎないんだろうしな・・・)
「俺さ・・・もう大佐に期待するの、やめたんだ」
エドワードの一言に、今度はロイがカチンと頭にくる。
「どういう事だ?鋼の」
「別に、言葉通りの意味だけど」
「・・・・・そうか。では、君は今まで何か私に期待していたのかね?」
思ってもみなかった言葉で切り返されて、エドワードは言葉を詰まらせた。
「そんなそぶりは微塵も感じなかったがね。君は、私をただ煙たい上官と思っているのだと思っていたが・・・・・私の思い違いだったのか?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・そうじゃないのかね?」
「――ああ、その通りだぜ、大佐」
エドワードは瞬きもせずに、さらにきつい口調で言い返した。
その鼻先に、報告書を突き返して、
「報告書はやり直しだ。私が納得の行くものが書けるまで、暫く司令部にいてもらう」
「・・・・な・・・!!」
エドワードの反撃を待たずに、ロイは目線をふいと反らして、窓外へと視線を移した。




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