拘束


「全く…一体何をしでかしたんですか?貴方」
聞き覚えのある男の声に項垂れていた頭を上げる。
まさか――、と一瞬思ったが、軍全てが黒だと知った今となっては、何が起ころうがさして驚くことでないように思われた。
信じ難い異例の人事。そしてホムンクルスと知りながらもそれをトップにたてている軍の上層部。
全てをひっくり返さなければならないと認識した時、まだ時間が足りない、と思った。
準備期間がいる。しかも、それをホムンクルスや上の連中には気取られてはならない、全てが危うい橋だ。
今は牙をむくつもりは無いと口した以上は、相手には忠誠を示さなければならなかった。今まで以上の。
だから大人しく繋がれているのだ。
何をされても黙ってさせているつもりだった。
だが―。
暗い室内に灯りが灯る。暗闇に慣れた目にはその灯りは鮮烈に両眼を刺した。
やがてその明るさに慣れた頃、まさに「目の前」にその男が立っていた。
「……キンブリー」
「どうも。お久しぶりです。面と向かうのは、何年ぶりですかね…」
喉を鳴らしてキンブリーが笑う。

ゾルフ・J・キンブリー。紅蓮の錬金術師。
長い間その姿も、その名前すら忙殺な軍属生活の中で思い出す事はなかった。だが、記憶の隅に追いやっていても、決して忘れてはいない。

「しかし…焔の大佐ともあろう方が……」
顎に手をおいて、キンブリーはロイの両手を拘束され、吊り上げられている無様な格好を無遠慮に眺める。
ロイは目の前に立つ男をきつく睨みあげた。
キンブリーは上質の薄い色のスーツを身に纏い、きっちりと合わせたシャツの前をネクタイで締め、長い黒髪を後ろで結わえている。
目元にうっすら刻まれたような皺は、重ねた齢を考えると別におかしくはない。長い幽閉生活の中で特別に憔悴したような影は見て取れなかった。

「何故お前がここに…」
キンブリーが拘束を解かれたわけを考えてみる。
イシュヴァールで功績をたてたキンブリーを上はまるで隠すかのように牢獄に繋いだ。それが今になって外に出されたからには何か理由があるに違いない。
今のロイにはそれを知る由も無いのだが。

「長い事繋がれている人間がどんな事を考えているか貴方、分かりますか?」
キンブリーはロイの質問には答えず、逆に問い返してきた。
「ここを出たら、先ず何をしようかって考えてるんですよ」
「………」
「いろいろ考えてたら、退屈もしませんでした。むしろ楽しいくらいでしたよ」
「――何をする気なのだ?」
「………」
キンブリーはにっこりと笑い、無言のまま、更に部屋を闊歩してロイの背後に回った。
昔から何を考えているか分からない男だった。
何の為に動いてるのかさえ分からない。
戦争を「仕事」だと割り切り、情の欠片すら持ち合わせていないような言動。
にこやかに笑っていても、開いた瞳の奥は時折ぞっとする程に冷たい光を放っていた。
背後に回ったキンブリーの意図が読めずに、ロイは意識を張り詰める。
上の連中の気が変わったのかも知れなかった。それによってここにキンブリーが遣わされたのだとしたら――。
振り返らなくても背中に、首筋に、そして腰の辺りにキンブリーの這うような視線を感じる。
だが、殺気のようなものは感じない。それよりも―…。
後ろから伸ばされた両手で腰を抱かれ、引き寄せられ体が密着する。
シャツのボタンをゆっくりと外され、素肌に指を這わされた時に、キンブリーの意図が分かってロイは身を捩った。
「っ…な、にを…」
「貴方の事も、考えましたよ。何度も」
「何――…」
「何を考えてたか教えてあげましょうか?」
感触を確かめるかのようにゆっくりと、キンブリーはロイの肌に指を這わせる。
「私より昇進した貴方を、頭の中で何度も辱めてやりましたよ。貴方が屈辱だと感じるような形に体を開かせてね」
「……な…!」
「この感触も、何度も想像した」
「や、めろ…!…あっ…」
いきなり胸の突起を指で摘まれ、擦られる。
「……敏感ですねぇ、随分と。少し撫でるだけでほら、硬くなってきましたよ」
「…っ…」
胸元を撫で回していたキンブリーの手が脇腹のあたりに触れて、手を止める。
ロイが自分の手で焼いた痕だ。
それに触れられそうになって、ロイは思わず声を荒げた。
「やめろ!それに、触れるな!」
「――何故ですか?」
今度はロイがキンブリーの問い掛けに答えなかった。眉を寄せて口を引き締める。
覗き込むようにロイの変化を見ていたキンブリーは、
「これに何かあるんですかね」
言いながら、傷痕を掴んで爪をたてる。
「……い…あっ!!う…っ」
「どんな風についた傷なんですか?これは」
「……」
耳元に口唇を寄せて問うキンブリーから、ロイは逃れるように顔を背ける。
「…ふ…全く…貴方は相変わらずですねえ…そんな風だから――ま、別に言いたくないなら、言わなくていいですよ。私も仕事があるので、あまり時間はとれないんです」
「仕事…だと」
キンブリーがふいに漏らした言葉をロイは反芻する。
何の仕事だと詰問しようとして、言葉を続けられなかった。
何度も痕を撫で上げながら、キンブリーは器用に片手でロイのズボンの前を外した。
ぐいと引かれて、膝まで下ろされる。
空気に晒された場所を掴むように強く握りこまれて、ロイは身を屈めて声を上げた。
「あ……っ!」
「こんな状況に置かれたのも、どうせ貴方の自業自得でしょう?青い理想を振りかざして軍を変えてやろうなどと考えているから、こんな目に合うんですよ。まあ、私にとっては願ったり…な、状況ですがね」
何度も痕を撫で上げながら、キンブリーが続ける。
「い……や、め…」
「ああ、そんなに引っ張ると、擦れて傷がつきますよ。どうせ無駄なのに」
無駄と分かっていても、押し付けられるキンブリー腰から身を離そうと身を捩る。
「だからそういう所が、よけいに…そそるんですよ」
両目に残忍な色を宿して酷薄な笑みを浮かべたキンブリーの顔は、ロイには見えない。
背後からのしかかるように体重をかけ、、握りこんだ前を、キンブリーはゆっくりと扱き始めた。
「や……」
的確な責めに、ロイの腰が跳ね上がる。
「……想像だけでは、この熱を感じられませんからね。出して貰った事を本当に感謝して、よい仕事をしなければ」
呟くように口にして、キンブリーは口の端を上げて笑った。



20061102

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 Back      キンブリーが出てこれたあたりを読んで妄想したものです。