ガン○ン2004の11月号を読んだ後の『妄想』でした。コミックでは12巻あたりです。

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 28  肩越しの景色  


     ++ 1 ++

軽くドアをノックする音がして、ハボックは読むでもなく、ただ眺めていた本を伏せて、病室のドアへ視線を移した。
息を詰めてから、ゆっくりと返事をする。
「・・・開いてるッスよ」
ドアを開いて室内に足を踏み入れてきたのは、よく知っている顔だった。
訪問者が期待していた顔では無かった事に内心気落ちしたが、もちろんそんな様子はおくびにも出さずに、
「ファルマン、今日はお前が来たのか?」
「ええ、今外にいた護衛の憲兵と交代した所です。ハボック少尉、どうですか?」
答えながら、ヴァトー・ファルマンは病室に足を踏み入れる。
「・・・ああ、そうだな・・・まあ・・・・・変わらずってとこかな」
ハボックは曖昧に言葉を濁した。
「・・・そうですか・・・・」
「大佐は退院したんだし・・・もう護衛は必要ないと思うんだがな」
「何を言ってるんですか、ハボック少尉」
「何って・・・思った事を言ってるだけだが・・・・今、俺の為に大事な兵力を裂く必要は無いって言ってるんだ。そんな事より、大佐の事が気がかりで仕方無い。いつ誰に狙われるかしれないからな。退院したといっても、まだ体調は万全じゃない筈だろうからな」
ハボックはベッドの傍らに立つファルマンを見上げながら、重い口調でそう答えた。

同じ病室に居て、隣で眠っていた時には、こうまで不安にならなかった。
姿が見えるだけで、夜中に目が覚めた時に静かに上下する胸を確認するだけで安心する事が出来たのに。
ロイが退院して仕事に復帰してからは、時折胸を騒がす不安と戦う日々だ。
自分の知らない間に、何かありはしないかという不安にかられる夜を、まんじりと過ごす時すらあった。
自分の思う様にならない事が多すぎる。それが焦りを生み、心に余裕を失くさせるのだという事を、ハボックは今回の入院で初めて知った。
何よりも側に居られな事が一番苦しい。
何があっても、護ると決めていたのに。

「少尉の護衛は、大佐の命令ですから」
ファルマンは短くそう答えて、俯いて押し黙ったままでいるハボックに続けてかける言葉を探した。
「・・・・・大佐は、また何か理由をつけて少尉の様子を見にくると思いますよ」
何か理由をつけて、とファルマンが口にしたので、ハボックは思わず小さく吹き出してしまう。
ロイ性質を理解してるもの言いだなと思いながら、目を伏せた。
ロイは、本当に分かりにくい上官だ。周囲にいるものを大事に思っているのに、それを滅多に面には出さない。ハッキリ言ってしまえば、素直じゃないのだ。
それはハボックも、よく知っていた。
理由もなく自分の顔を見に来たりはしないだろう。休んでいた間に仕事もたまっているだろうし、そんな時間も取れるはずは無い事も分かっていた。
分かってはいるが、やはり顔を見たいと思ってしまう。
怪我のせいで少し気が弱くなっているのかも知れない。
「・・・少尉、少し眠られては?」
「・・・・・・そうだな」
眠れるとは思わなかったが、ファルマンの気遣いに対してハボックは素直に相槌を打った。
部屋を出て行くファルマンの背中を見送りながら、聞こえない様に重い息を漏らした。

     ++ 2 ++

「大佐」
リザ・ホークアイは執務机に向かって仕事を続けるロイ・マスタングに声を掛けた。
手を止めないままで書類にペンを走らせながら、ロイは「何だね?」と答えた。
「・・・・・いいかげんにして下さい、大佐」
「・・・何がだ?」
「・・・お気持ちは分かりますが、まだお体の具合が万全でない時に、そんなに無理をされては傷に触ります」
「中尉、私は無理もしてないし、傷も、もう大丈夫だと言っただろう?」
ここ数日何度か繰り返された会話だった。
リザは眉を顰めて、書類を手にしたまま暫く黙って見つめていたが、
「――では、はっきり言いますが、大佐」
「・・・何だ?」
「大佐がいきなりそんなに頑張られても・・・ハボック少尉の後任は決まる時は決まります」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ピクリと手元が反応して、一瞬ロイは息を詰めてから、手を止めて顔を上げた。
感情を面に出さないように努めた、リザの目と視線が絡む。
「とにかく、今日は定時で終っていただけると・・・・私も助かります」
厳しいリザの口調。ロイは何か言い返そうと口を開きかけたが、止めて椅子の背もたれに深くもたれかかった。
「・・・分かった、そうしよう」
「有難うございます、大佐」
踵を返して、ツカツカと靴音をたてて執務室の出入り口へ歩いて行くリザの後姿を、ロイは黙って見送る。
いつもながらに、何もかもお見通しな上、どう言えばロイが仕事を止めざるおえなくなるかも、よく分かっている。
ロイは苦笑して、深呼吸の様な息を吐いてから椅子から立ち上がった。
「・・・・・・・っ!」
やはり、まだ傷痕が引き攣る様に痛む時がある。
腹の傷痕に手を触れながら、ロイは自分の手でこの深い傷を焼いた時の事を思い出した。
背中を向けて倒れていたハボックの姿。
脳裏に焼きついているその傷ついた姿を、今思い出しても、胸が締め付けられる程に苦しい。
「・・・・ふ・・・ぅ・・・」
深い息をついてから、ロイはゆっくりと窓辺に歩き、執務室の窓から見えるセントラルの空を眺めた。
陽がもう落ちようとしている空の、朱と濃紺が混じり、グラデーションがかかったような美しい色。光はセントラルの建造物にも反射して、一枚の美しい絵画のようだと思った。

世界はこんなにも美しく、そして、心を癒してくれる。

「・・・・・・」
ロイはハンガーに掛けていた黒いコートをに取り、袖に手を通した。

     ++ 3 ++

「ハボック!!ハボーック」
仰向けに横たわったままで、声を張り上げて名前を叫んでも、ハボックは返事をしない。
ぴくりとも動かない背中に、ロイの心臓が凍りついた。
ロイは奥歯を強く噛みながら、身を起こした。
「・・・・・う、ぐ・・・・・・・・っ」
激痛に、呻き声が漏れた。
体を動かす度に開いた傷口から溢れる赤い液体。
だが、そんなものに構ってはいられなかった。
這うようにしながら、うつ伏せに倒れたままのハボックの側まで近付いて、その首筋に触れた。
「・・・・・・・・・ハボック・・・」
指先に触れる確かな鼓動。
ハボックの体を一度抱き起こそうとして、ロイは気を失う程の傷の痛みを覚えて呻いた。
「・・・・・う・・・はあ・・・・はあ・・・・・」
奥歯を噛んで、もう一度体に力を入れた。
ハボックを抱き起こす事に成功する。普段なら、何ということもない動きが、こんなに困難なものになるとは・・・と思いながら、ロイはハボックの口元に耳を寄せた。
「――・・・・」
微かに触れる呼吸。
涙が出そうになった。

躊躇っている時間は一刻も無かった。
傷を塞ぐしかない。ロイは震える目で、右手を見つめた。



「・・・・大佐!」
ハボックは叫んで、目を覚ました。
途端に眩しい光が目に入る。
はっきりと意識が覚醒すると、それが病室を照らす室内灯の光なのだと分かる。
(・・・ああ・・そうだ・・・ここはもう・・・・)
開いた目に入ってくる乳白色の天井を見つめながら、深い息を吐いた。
(あの場所じゃない・・・・大佐は・・・大丈夫だ・・・・)
何度も繰り返して、心を鎮める。
何度も夢に見て、何度も繰り返した。

受けた傷と衝撃が強かった為だろう、生還して直ぐにはその時の記憶をハッキリとは思い出せなかった。
時間が経ち内に、少しずつその時の苦い記憶がふとした瞬間に思い出された。
薄れていく意識の中で、ハボックは、ロイが自分の名を叫ぶ声を聞いていた。
けれど、動く事も答える事すら出来なかった。
その苦い記憶を思い出すと、今も辛い。
そして挽回するチャンスを、もしかしたら・・・失ってしまったかも知れないという――怖さ。
「・・・・・・・・」
ハボックは、上掛けの中に投げ出している部分の、感覚を確かめようと、ゆっくりと手を伸ばそうとした、その時、
コンコン
軽くドアをノックする音がして、ハボックは弾かれた様に出入り口を見つめた。ドアに向かって答える。
「・・・交代の時間スか?」
「・・・・私だ」
「!――た・・・いさ?」
声が変な感じで裏返ってしまった。
「・・・大佐スか?」
「ああ、入るぞ」
ガチャ
勢いよくドアを開けて病室に入ってきたロイの姿を、ハボックは暫く口を開けたまま見つめていた。
「・・・何だ、その顔は?外にいたファルマンに交代を呼んでくるように言っておいた。調子はどうだ?」
バタン
ロイは後ろ手に戸を閉める。
室内によく通る声を聞きながら、ハボックはロイの立ち姿を上から下まで眺めた。
久しぶりに見るロイの、黒コートを羽織った軍服姿に、見惚れるように目を奪われる。
「・・・何だ?」
「・・・あ、すみません・・・」
見惚れてましたとはまさか言えず、ハボックは次ぐ言葉を探す。
「・・・大佐、俺の事はもう大丈夫ッスから。護衛はもうつけなくても・・・」
ロイはハボックの言葉を無視してずかずかと室内に足を踏み入れて、ベッドの側まで歩み寄る。
身を屈めて、ベッドに上半身だけ起こしているハボックの顔を覗き込んだ。
「・・・辛気臭い顔をしてるな」
「!!・・・ひどいッスよ、大佐!」
「正直な感想を言っただけだ」
「大佐・・・護衛は連れてきたんでしょうね?」
「護衛?私には必要ないな」
「!!何言ってるんスか!怪我だってまだ・・・・」
「・・・ああ〜〜〜〜もう、いい。中尉と同じ事を言うな」
ロイはうんざりとした顔をして、耳を塞いだ・。
ハボックは思わず苦笑する。
本当に何度も言われているのだろう。
「・・・・・」
ロイが急に黙って、真面目な表情で笑っていたハボックを見つめた。
「・・・・・・何スか?」
「――いや・・・・・・ああ、何も持って来なかったが・・・何か必要なものがあるか?」
「何も要らないッスよ」
ハボックは真直ぐにロイの黒い双眸を見返した。
視線が交わる。
見つめているだけで、胸の中に溢れてくるものがある。
「・・・・ああ、ちょっとだけ起きれるか?ハボック。肩を貸す」
「・・・え?何スか?」
ロイに腕を掴まれて、有無を言わさずに体を支えられて身を起こされた。
「窓の所までだ」
「・・・はあ・・・・?」
肩を抱かれる様に支えられて、ハボックの腕にかかるロイの柔らかい吐息。ロイの匂いがする距離の近さに、ハボックは堪らなく切なくなって、目を伏せた。
どうしようもなく、この人が好きだと感じる。
そんな生易しい感情では、もうおさまらない思いを、ハボックはそれでも抑え込んだ。
「大佐・・・?」
ロイに肩を貸してもらって連れられた窓辺に手をつく。肩をハボックに貸したまま、ロイはきっちりと下まで下ろされた、窓に掛けられたブラインドの紐を引いた。
ブラインドが音をたてて上がり、ハボックの青い双眸に、焼けた夕闇の空が映る。
「・・・・・・」
落ちる夕日に焼ける空は、ハボックの胸を打つのに十分過ぎる程美しく雄大だった。
「――どうだ?」
「・・・・綺麗ッスね〜」
「・・・お前の置かれた困難は、私もちゃんと分かってる。だが・・・たまには、周りを見る心の余裕を忘れるな・・・」
「・・・・はい・・・」
ハボックは自分を支えているロイの体を腕に抱きこんだ。
「・・・・ハボック・・・!?どうした?無理をさせたか?」
うろたえるロイの声を耳に聞きながら、ハボックは抱く指に力を込めた。
心の中で、誓う言葉がある。
「大佐・・・・」
「何だ?」
「・・・いえ・・・・来てくれて嬉しかったッスよ」
「・・・・・・」
途端に、耳まで赤く染まるロイの横顔を見ながら、ハボックはその肩に顔を埋めた。
ロイの肩越しに見える空に視線を移しながら、ハボックは心の中の誓いをもう一度繰り返した。



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20041026

雑誌を読んだ後、この関係の話とか妄想はどうも出来なかったのですが・・・途中から絶対に大丈夫だと思うようになり・・・話は今朝急に書きたくなってしまって書きました。