No.38 夜までの時間 今日の中央の街も冴えたように冷たい。 すっかり陽も落ちて、辺りは夜の闇に包まれ始めている。 部屋の鍵を握り締めて、石造りの壁に嵌められたアパートメントのドアの前でロイ・マスタングは足を止めた。 いつもポケットに入っていたそれは、軍服の布を通して移った体温で、手で触れると温かかった。 今日の夜に、ジャン・ハボック少尉の部屋で会う約束を交わした。 イーストシテイにいた頃は、何度もお互いの部屋を行き来する関係であったが、中央に異動になってから、ハボックの部屋を訪問するのは、今日が初めてだった。 ロイは部屋のドアの前で暫く立ち尽くしていたが、躊躇いがちに手に握っていた鍵を使って部屋のドアを開けた。 ガチャ ドアを開けて室内に足を踏み入れてから、部屋の入り口に設置されているスイッチに触れて、暗い室内に灯りを灯した。 電灯が灯ったハボックの部屋を、ロイはひと通り見回してから、溜息を吐いた。 思っていた以上に部屋がかたづいている。 深く詮索するのは趣味では無かったが、おそらくハボックの周囲に女性の影があるのは事実だろうと思われた。 「・・・・・・」 事実だという事を認識すると、やはりシクリと胸が痛む。 ロイは例え恋人同士という間柄であっても、相手を束縛するつもりは無かった。 自分自身が束縛されるのが苦手だという事もある。 ある程度の距離を保った関係でありたいと、常日頃から思っていた。 だが、熱くるしいくらいの内面を持っているハボックに、そのクールともいえる関係は、どこかしっくりいかない、納得しきれない間柄だと感じているのを、ロイは気づいていないわけでは無かった。 (・・・・・この部屋に、ハボックは、中央に異動になってから付き合いだしたという女性を・・・招いたのだろうか・・・・・) そんな事が脳裏を掠めて、ロイの胸中を騒がせる。 「・・・・・」 いたたまれない様な気持ちになってきて、所在なげに立ったままでいたロイだったが、いつまでもその場で立っているわけにも行かず、まずは落ち着こうと、羽織っていた黒いコートを脱いで、部屋の中央にあるソファーの上に投げ掛けた。 どっかりとソファーに腰を下ろして、身を深く預けて息を吐くと、どっとその日の疲れを感じる。 このままハボックが帰るまでの間、少し仮眠を取ろうかと考えてから、体の疲れ具合から仮眠では済まなくなるなと感じて、すぐに却下した。 せめて熱いシャワーでもあびて気分をすっきりさせようと、ロイは重い腰を上げた。 熱いシャワーをゆっくりと浴びた後、シャワールームを出たロイは、部屋の中にまだハボックの姿が見えないのを見てとって、溜息をつく。 「・・・・・・・・今日は早めに仕事を終わらせると言っていたくせに・・・・」 ぼそりと愚痴をこぼす。 おそらく、人の好いハボックの事だ、今日のノルマをこなした後も、何かしら仕事を押し付けられるか、勝手に引き受けるかしたに違いない。 ロイは下着だけのまま、タオルを肩にかけた姿で部屋の隅にある冷蔵庫を開けて、中から缶ビールを一本取り出して栓を開けた。 よく冷えたそれを胃に流し込むと、その旨さに疲れが吹き飛ぶ。 このまま裸のままではいられないと思い、部屋の壁際にそって設置されたベッドの上に無造作に投げられていた、ハボックのバスローブを拝借する事にした。 ロイの身には、かなり余る大きさのバスローブに袖を通して、前を紐で結んで閉じる。 ハボックの着ていたバスローブを身に纏うと、よく知っているハボックの香りがロイを包み込んだ。 「・・・・・・・・・・」 疲れた体にアルコールが染み渡ったせいだろうか、久しぶりのハボックの匂いを感じたせいだろうか、ロイはふいに下半身に疼きを覚えた。 長いこと、ハボックに触れられていない。 ハボックは、抱き合う時間を作らないロイを責めたが、ロイの方も、ハボックの事を全く考えないでいたわけでは無かった。 疲れて遅くに一人の部屋に戻った時に、時折、折れるくらいに抱きしめてくるハボックの腕を、恋しいと感じた事も一度や二度では無い。 ロイの内を探るように進入してくる熱い塊を欲しいと思うことも。 急にまた喉の渇きを覚えて、ロイは残りのビールを飲み干した。 チラリと、部屋の壁に掛けられた時計に視線をやる。一体いつ戻ってくるのだろうか。 (・・・・・・・まさか中央司令部の仮眠室に世話になる程の残務を処理しているのでは無いだろうな・・・・・) 今すぐにでも、抱きしめて欲しい欲求に捕らわれて、ロイはベッドに横たわって枕に頬を寄せた。 柔らかな感触が肌に心地よかった。 「・・・・・・・」 (・・・このベッドで・・・・・ハボックは・・・・・・女性を抱いたのだろうか・・・・?) (・・・・どんな風に?) (・・・私を抱く時の様に・・・・・熱に浮かされた様な激しさで?) そんな事を思いながら、目を閉じていると、ハボックがロイを抱きしめて達する時の表情が思い出された。 「・・・・・・・っ・・・・・・・・」 痺れる様な感覚が全身を走って、ロイの熱を高めた。 そっと右手を伸ばして、自分自身に触れる。 躊躇いがちに触れた手でゆっくりと扱いながら、徐々に高まる快楽を追う様に手の動きを速めた。 「・・・・・・ハボッ・・・ク・・・・・・・・・」 目を閉じて、ハボックの手の『感じ』を想像する。 優しく自分を扱う指の動きを思い出しながらたどると、吐く息が熱を持つ。 「・・・・・ん・・・・・っ・・・・・」 先走る滴がハボックのバスローブを濡らしていくのが分かって、ロイは強い興奮を覚えた。 「・・・・あ・・・・・・っ・・・・・ハボッ・・ク・・・・・・・・・・・・」 ガチャ 「――!?」 いきなり部屋のドアが開いて、ロイは飛び上がる程に驚いてベッドから顔を上げた。 入り口立っていたのは、この部屋の主だった。 余程急いで戻ってきたのだろうか、肩で息をしている。 「――大佐!すみません。待たせて・・・・・こんなに遅くなる筈じゃなかったンすけど・・・・・・・・・!」 乱れた呼吸を整えながら、ロイに声を掛けていたハボックは、ベッドに横になってこちらを見ているロイと視線が絡んで、その異変に気づいた。 「・・・・・・・大佐?」 「・・・・・・・・・・・」 ロイはハボックの目を真直ぐに見られずに、視線を外した。 ハボックは黙ったまま部屋に上がって、ベッドにずかずかと歩み寄った。 ベッドの側まで歩み寄って、上半身を起こして座っているロイを上から見下ろした。 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・な、何だ!?何を見ているのだ」 「・・・・・はぁ〜〜・・・・なるほど・・・・・そりゃあ、そうッスよね」 ハボックは一人で納得してニヤニヤと笑っているのを見て、ロイは激昂する。 「何が、どう、なるほどなのだ!?」 「・・・・・・・そんなに怒らないで下さいよ」 「・・・・・・っ・・・」 頬を染めて目を伏せるロイの表情に、すぐにでもベッドに押し倒したい衝動にかられたが、あまりのロイの仕草の可愛さに、まだ、からかっていたい気持ちの方が勝った。 ハボックは身を屈めて、ロイの耳元に口唇を寄せて囁いた。 「・・・・・俺が戻るまで、待っていられなかったんスか?」 「――!!」 顔面に飛んできたロイの拳を手の平で受け止めて、ハボックはその手を握りしめて、指先に口付けた。 「今日は俺、朝まで大佐を放さないッスから。疲れていると言っても、やめませんよ。覚悟しておいて下さい」 そう言ってハボックは曇りの無い青い双眸をロイに向けて笑った。 何故か、今夜の主導権を完全に握られてしまった気がして、ロイは天井を仰いで、今日何度目かの溜息を吐き出した。 A王子様からネタを頂いていたお話です。 バスローブと大佐(笑)です。 最後までしてないけど、15禁でしょうか・・・・ううむう・・・・ Back 20040511 |