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強い光を瞼に感じて、ゆっくりと目を開くと、見慣れない軍服を纏った男達の姿が視界に映った。
ゆっくりと周囲を見回すと、周囲を隙間なく取り囲まれていた。
全員が自分を見下ろしている。

何があったのか、意識が戻った途端に戻ってきた今は有難くない感覚で、一瞬で全てを思い出せた。
敵の手に堕ちて、野営地のテントの一つに連れてこられ、敵兵に尋問を受けている途中だった。
尋問と称した暴力を受けてから、どのくらいの時間が経過しているのか、既に分からなくなっていた。
意識を失って、無理矢理に覚醒させられ、目を開く度に、自分を組み敷いている男の顔が変わっていた。
抵抗すると、加減の知らない強さで頬や鳩尾に容赦のない拳や蹴りが入る。
動けないくらい弱らせてから、彼らは自分を冷たい壁や、あるいは粗末な木机に乱暴に押し付けて、前から、あるいは後ろから、無理矢理に体を開かせた。
時折無意識に口にしてしまいそうになる名前を漏らさないように、口唇を噛み締める。
噛んだ唇が血で滲んでも、絶対にその名前を口には出さない。
自分が何を一番怖れているのか、敵兵に知られてしまうからだ。
ここにいる兵の全ての意識が、自分一人にま集中していればいいと思った。このまま。
こんな事には、幾らでも耐えられる。
こんな事は、何でもないのだ。
自分と共に捕らえられた男が傷つけられるのだけは、絶対に許せない。

「…顔のわりに、意外に強情な男ですね」
「…流石は国家錬金術師ということか」
乱暴に突き上げられて、意識が遠のきながらも、自分を見下ろしながら会話している兵の声が途切れ途切れに耳に届く。
「…例の薬、使いますか?」
「……あれか…そうだな」
酷薄な笑みを浮かべながら、軍服の袖がまくりあげられる。
見せ付けるように、目の前に透明の液体の入った注射器が差し出された。
その先から、滴り落ちる液体を開いたままの瞳で見つめる。
身じろいで抵抗した四肢を抑え込まれて、そして、吊り上げられたままの腕が掴まれ、銀色の針の先が、ゆっくりと差し込まれた。


「っ…や、め……」
無理矢理に目を開いて、意識を覚醒させた。呼吸が速い。
ロイは大きく深呼吸を繰り返してから、周囲を見回した。
薄暗く、外の月光の光が僅かに射し込むだけの洞穴の中だった。
(…そうだ…ここは……)
体を動かそうとして、肩に重みを感じる。
視線を落とすと、自分によりかかるように眠っているヒューズの姿が目に映る。

「ああ…駄目だ…頭が働いてくれねえ!ロイ!10分だけ眠るぞ!いいな」

そういって、ヒューズが眠りについたのだった。
恐らく、何日かぶりに。
ロイの肩に頭を預けて、規則正しい呼吸を繰り返して眠っているヒューズの顔を少し上の角度から眺めながら、ロイはほっと息をついた。
触れた場所から伝わってくる熱に、力が抜ける程の安心感を覚えて、ロイは目を閉じた。
「……こんな状況なのに…な」
呟いて、少しだけ口元を上げて笑う。

敵の目を盗んで敵の野営地から脱走する事が出来たが、それでもまだ自分達の置かれている状況はかなり切迫したものだった。
いつまでもこの場所に身を隠していられるわけではない。
食料と水が限りある以上、こちらが動かなければならないのだ。
それを向こうは待っている。

こんな状況でも、何故かロイは焦燥感を覚えたりはしていなかった。
それは恐らく、傍にヒューズがいるからなのだろう、と思う。
「…う、ん…」
静かに眠っていると思っていたヒューズが、少しだけ苦しげに眉を寄せて、身を捩った。
「……」
寒いのだろうか、と、心配になってきて、ロイはヒューズの肩に手を伸ばして肩を抱き寄せた。
こんな時、火をおこす事は自分には容易いが、敵に見つかる可能性がある。
もう一度敵の手に落ちる様なことがあったら、その時は恐らく――。

「……ヒューズ」
「……」
「……眠ってるか?」
「……」

こんな状況になって、やっと気付いたことがあった。
自分にとって何が大切で、何をなくしたくないかを。

「ん…!?ロイ!」
「あ…すまん…起こしてしまったか」
「いや…寝すぎたな…こんなに眠るつもりはなかった…大丈夫だったか?」
「ああ」
「こんな時に、眠り込んじまうなんてな…すまんな、いつもお前に頼りっぱなしだ……」
それはこっちの台詞だと返そうとして、口にはしなかった。
「けど、やっぱり睡眠ってのは大事だな、気力がわいてきたぞ、ロイ。いい考えが浮かびそうだ」
「…そうか」
立ち上がったヒューズをロイは見上げて、笑った。





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